金谷元名線→保田見線→東奥野線

TCX、遂に海を越え、房総半島へ渡る!

TCXで初めて東京湾フェリーに乗り、房総半島に行ってきました。

目的はもちろん南房総の林道。

当日は出発が遅く、フェリーもドックダイヤで便数が少なく、金谷港に着いたのは12時40分でしたが、金谷港近くにも楽しめそうな林道はたくさんあります。

金谷元名線

金谷港から北に少し走り、富津館山道路の富津金谷ICに向かう道路、トンネルの手前に入口があります。

自動車がバンバン走る道路から道標が見えるので見逃すことは無いでしょう。

金谷側の入口からは登り多めの走りやすい砂利道。フェリー港から近くて、こんなに走りやすければ人気が高いのもうなづけます。

来ました。噂の竹岡線。

ただし数年前から途中土砂崩れで川が決壊、4輪車やバイクは通り抜け不可。MTBなら担いで越えられないこともないらしいですが、昨年ライダーの死亡事故があったため厳重に封鎖された状態となっています。

金谷元名線側からは下りなので通り抜け不可なら途中で戻るのは自転車はかなり辛い。今回は竹岡線は最初から通らないつもりのコース計画なので、入口で記念撮影だけして次に進みます。

 

この後通った道に何度も登場しましたが、南房総はこういった岩を手掘りで通した道が多いですね。手掘りの模様とコケが非常に味わい深い景色になっています。

途中に鋸山の登山口があるからなのでしょうか。交通量はそんなに多くないはずなのに、人の手が入ったような雰囲気のよい通りが多いです。

鋸山林道口に到着しました。平日だったので、ここまですれ違ったのはバイク1台のみ。

林道口の付近、元名方向に「この先悪路につき、車両通行注意」の看板。

いやここまでもそこそこ悪路でしたよ、看板立てるなら金谷方向でしょ、と思いながら進むと最初は舗装路。

やがてひどく荒れた道になりました。

うっかり写真を撮り忘れたので唯一Googleストリートビューに上がっていた写真を紹介しますが、洗い掘の深い箇所はこんなもんではないです。

金谷元名線を紹介するブログは金谷側から登って竹岡線に抜ける場合が多いので、元名側はこんなことになってるとは思いもしませんでした。

元名側の道標。

人里まで下りてきて、林道の入口から約1時間。港のすぐ近くだし、コンパクトに楽しめるいい道です。

 

保田に抜けて、保田小学校で一休み、長狭街道を登ってもみじロードに入ります。

目的は保田見線なのですが、途中良さげな林道入口を見つけました。

「通行不能」とありますね。

やる気の無い通行止めがあります。

ググったら、車では通行困難な土砂崩れがあり、しばらくこの状態なのだそうです。

自転車なら通れそうでしたが、出口は港からかなり離れてしまうので今回は見送りです。

保田見線

もみじロードをさらに北上すると保田見線の入口に到着しました。

少し荒れ気味ですが、東奥野線との分岐までは全舗装の林道です。

ただやたら激坂が多いです。

元々山奥のポツンと一軒家をつなぐ生活道路的な意味を持った道路らしく、途中何度も人家の近くを通ります。廃屋っぽい住居もありますが、犬に吠えられたので、人が住んでいる家もあるようです。

東奥野線

東奥野線との分岐まで来ました。右方向の保田見線のこの先には手掘りトンネル群がありますが、竹岡線の竹岡側入口を拝むために左方向の東奥野線に進みます。

分岐からすぐは道が悪いのですが…、

あらすごい雰囲気いいじゃない。東奥野線は比較的最近完抜した新しい林道らしく、保田見線との分岐からの後半は整った下りになります。

起点の看板まで来ました。

東奥野線の看板とは反対側に「奥野線」の看板があります。この林道は新情報だな。

フェンスで固く閉ざされた先にそれっぽい道はあるけれど、行けそうな感じではない。

竹岡の集落まで下りてしばらく先、竹岡線の竹岡側入口に寄りました。

 

ちなみに、もみじロードの山中線の入口付近で既にスマホは圏外。ドコモ。

保田見線はピークのあたりは少し電波が入ったが、東奥野線に入ってからは再び圏外。

竹岡の集落に下りてもしばらく圏外で、やっとこの竹岡線入口のあたりで電波が入るようになりました。

 

金谷港までの帰り道、灯籠坂大師の切通トンネルに寄りました。

 

帰宅後、この3日後にはサービス終了するテクテクテクテクの予約塗りを塗っていたら、さっき見かけた奥野線らしき道を地図上で見つけました。GoogleマップにもOpenStreetMapにもこの道は載ってません。

画面上方の三叉路の東方向が東奥野線。南に伸びるのが奥野線らしき道。

Googleマップの航空写真だと、奥野線らしき道は地図にはないけど、「うつろ」の採石場に道はぶつかるように見える。

この採石場のことろ調べてみると、以前の業者が倒産、うつろが事業を引き継いで事業再開。ここまで最近15年くらいの話。

奥野線はこの採石場の事業者の変遷により計画後に工事中断されたように思います。

採石事業が続けられるようならば、このまま計画ごと消える道になるのでしょう。

おそらく、竹岡から長狭街道まで抜ける計画だったようです。